アダルトチルドレン克服専門カウンセラー森脇要 プロフィール

        森脇要 (もりわき かなめ)

 

1967年3月31日生まれ。

福岡県北九州市出身。

福岡県糸島市在住。

 

心理カウンセラー(セラピスト)

 

一般社団法人メンタルヘルス協会 認定  心理カウンセラー

 

NPOカウンセリングジャパン 活動会員

 

こころサポート糸島 代表

 

不登校・ひきこもり支援 いっぽ 正会員

 

 

こんにちは、アダルトチルドレン克服専門カウンセラー森脇要です。

私は、1967年3月31日、福岡県の北九州市という街で生まれました。

私には幼い頃から悩みがありました。

それは、父のことです。

父は酒を飲むと性格が変わり、大声で怒鳴るのです。

酒を飲んだ父は、ふだん溜め込んだ不平不満を母に言っては、母を責めていました。

子どもの私にとって家は、
安心できる場所ではありませんでした。

そのため、私はいつも不安を感じ、人の目を気にしてビクビクするようになりました。

人とのつきあいもニガテになり、内気な性格になってしまいました。

その内気な性格のため、小学生の時に「いじめ」を経験しました。とてもつらい想いをしました。

大学を卒業した時に私は、この人がニガテな内気な自分を変えようと決心しました。

そこで営業の仕事にチャレンジしたのです。

しかし、内気な性格はなかなか変えられませんでした。

上司や取引先との人間関係がうまくいかず、挫折を経験しました。

すっかり自信を失い、心が折れそうでした。

絶望の淵に立った時に救いがありました。

心理カウンセリングと初めて出会ったのです。

私は、カウンセリングで人の性格は変えることができることを知りました。

私は自分の内気で人づきあいのニガテな性格を変えていくため、カウンセリングを受けました。

私は驚き、感動しました。

自分の性格がどんどん変わっていくのが実感できたのです。

私の中で新しい想いが芽生えてきました。

私が楽になれたこのカウンセリングを誰かの役に立てたい!

私と同じように、性格を変えられず苦しんでいる人たちがたくさんいるはずだ。

その人たちが、「なりたい自分になる」サポートをぜひ、させていただこう!

私はカウンセラーになることを決意したのです。

今では、安心できない機能不全家族と育ったアダルトチルドレンの方や、毒親の元で育ち、生きづらさを抱えている方のカウンセリングを主に行っています。

私自身の体験、そしてカウンセリングに訪れたクライアントの方たちを通して、私は教えていただいたことがあります。

人は誰でも変わっていける。自分が望む幸せな人生を手にすることができる!

この大切なことを私は教えていただいたのです。

私はこの大切なことを、カウンセリングを通してもっと多くの人に伝えていきたいと願っています。

私は、あなたが望む人生を手にするお手伝いを全力でサポートさせていただきます。

 

 

 ・連絡先:080-5606-0331

     camel.heart-land.331@i.softbank.jp

 

・ブログ 『アダルトチルドレン克服カウンセリング』

           http://ameblo.jp/rakuda331/

 

 

 ・ニックネーム 「ラクダ先生」です。

     「ラクダ先生」にこめた私の願いは、こちらです。

 

 

私についての物語

私のより詳しいプロフィールです

 

あなたがカウンセリングを受けて、楽になっていくために必要なことがあります。

 

カウンセラを信頼できるか?

 

カウンセラーとの相性が良いか?

 

この2つはとても大事なことです。

 

私のことをもっと知りたいあなたへ、長文ですがぜひ読んでください。

 

内気でいつもビクビクしていた子ども時代

 

私は、1967年3月31日、福岡県の北九州市という街で生まれました。

私は幼い頃からとてもおとなしく、目立たない、内気な子どもでした。

親せきのおばさんから「女の子みたいにおとなしいね」と言われていました。

引っ込み思案で、外に出て、友だちと走り回って遊ぶよりも、家の中で、絵を描いたりして、一人で過ごすことが好きでした。

小学校に入っても、クラスの中であまり目立たない存在でした。

そんな私には、ある悩みがありました。

父と母のことです。

父はお酒をたくさん飲んでいました。

家で飲んだ後、よく外にお酒を飲みに出かけていました。

父が酔っ払って帰ってくるのはいつも真夜中でした。

時には、近所の迷惑になるような大きな声を出しながら帰ってきました。

玄関の扉をドンドンとたたくのです。

「ああ、またイヤなことが始まった」

子どもの私はいつもこう思っていました。

父は寝ている母をたたき起こし、食卓のテーブルでまたビールを飲み始めるのです。

酒を飲みながら、ろれつが回らない口で、母にふだん溜め込んだ不平や不満をぶちまけていました。

時々声を荒げて、怒鳴ったりもしていました。

その時私は、布団の中で、怒った父の声を息を殺して聞いていました。

時間がとても長く感じました。


父が怖くて、とっても嫌でした。

そして母がかわいそうだ、何とかしてあげたいと、子ども心に思っていました。

「神さま、お母さんを助けてあげて」

何とか母を助けて欲しいという一心で、小さな私は、お布団の中で神さまにお祈りをしていたのです。

このように私が育った家の中の空気は、 いつも どこか張り詰めていました。

安心感がありませんでした。

その緊張した家の空気の中で、私の性格は内気になり、常に不安を感じ、人に対してビクビクするようになっていったのです。

 

つらい小学校での「いじめ」

 

小学校でも私は、内気な性格のため、友だちづきあいがうまくできませんでした。

クラスの中でひとり浮いていました。

そんな私のことをバカにする子がいました。

バカにされても言い返せない私に、ひどい言葉を言われたり、たたかれたりしました。

学校に行くのがとっても辛かった。

「いじめられる僕は、なんてダメなやつなんだ」

私は自分を責めました。

つらい「いじめ」の体験によって、私の心は深く傷つきました。

人を信用できなくなりました。

ますます自分に自信が持てなくなりました。

 

恥ずかしい家族

 

酒を飲むと性格が変わってしまう父。

そんな父にいじめられている母。

安心できず、いつも張り詰めた空気の家族。

子ども心に、私は「自分の家は他の家とは違うんだ」と思っていました。

友だちの家に遊びに行った時に会う、穏やかなお父さんや優しいお母さん。

 

温かな家庭の雰囲気。

「こんな家に生まれたかった」

 

そう思ったこともありました。

私は子どもの頃から、自分の家のことを誰にも話しませんでした。

大学になって出会った親友にさえも言えませんでした。

家のことを恥だと思っていたのでしょう。

その家のひとりである自分のことも、恥ずかしいと思っていたのでしょう。

 

崩れ落ちた未来の夢

 

自分にぜんぜん自信が持てなかった私。

こんな私でもただ一つ夢中になれること。人から褒められることがありました。

それは「絵」です。

大好きなアニメのキャラクターを水彩画で書いたり、自分で物語を考えてマンガを描いたりしていました。

将来、絵を描く職業につきたい。

真剣に思っていました。

高校進学の時、思い切って父に「高校はデザインの勉強ができる学校に行きたい」と相談しました。

「おまえには才能がない!そんなことで食っていけない!」

父親のこの一言で未来の夢はもろくも崩れ落ちました。

夢を失った悲しみは誰にも言えず、心の中にしまいこんでしまいました。

仕事での挫折

 

大学を卒業した後、就職のため家を出ました。

新しい街で一人暮らしをはじめ、新しい自分に生まれ変わろうとしていました。

内気な自分を変え、明るい性格になり、たくさんの人と仲良くしたいと、希望を持って一歩を踏み出したのです。

自分の殻を抜け出そうと、「営業」の仕事を選びました。

チャレンジです!

しかし、現実は理想通りにはいきません。

内気な性格は簡単には変えられませんでした。

会社の上司とうまくいきません。

得意先との人間関係も思うようになりません。

当然営業の売上も伸びず、ストレスが溜まり、どんどん追い込まれていきました。

私は大きな挫折を感じました。

 

カウンセリングとの運命の出会い

 

営業の仕事で、大きな挫折を体験し、私の心はもう折れそうでした。

私は人との関係がうまくいかない原因に何となく気づいていました。

私は父親のことが大嫌いでした。

「父親のようにはなりたくない!」と思っていました。

父親の支配から卒業し、自由になるんだ!と思い、選んだ営業の仕事。

しかし、男性の上司とうまくいかない。

男性の取引先の担当者とうまくいかない。

「やはり、父親の影響だ」そう思いました。

そんな時にワラをもすがる気持ちで訪れた心療内科。

切々と仕事の人間関係がうまくいかないことと父親の関係について訴えました。

しかし、心療内科の医師は「あなたはそう思ってるんですね」とだけ言って、冷たくあしらったのでした。

原因に気づいているのに、解決できない!

苦しみはますます深まっていきました。

そんな時に運命の出会いが訪れました。

雑誌で知ったカウンセリングの体験会に参加したのです。

その体験会で、生まれて初めて実際のカウンセリングを見たのです。

「あなたは、今日、何を変えたいですか?」という言葉でカウンセリングは始まりました。

女性のクライアントが、なりたい自分の姿を伝えます。

カウンセリングが始まりました。

カウンセリングの場面は、女性クライアントの子ども時代になりました。

「私は悲しい」

彼女は涙を流して、子どもの頃の傷ついた感情を吐き出します。

私は息をとめてその光景を見ていました。

彼女はカウンセリングの最後に、新しい自分の生き方を宣言しました。

カウンセリングを終わった時、彼女の顔は最初とまるで違っていました。

明るく、力強い表情になっていたのです。

「あぁ、カウンセリングで人は変わっていけるんだ!」

私は大きな感動に包まれていました。

「このカウンセリングで私も変わっていける」

私の中に希望の光があふれてきました。

この時のカウンセラーが、今も私がカウンセリングを教わっている倉成央先生でした。

この日が私にとって運命の日となったのです。

 

カウンセリングで救われた

 

私は悩みから解放されるために、カウンセリングを受け始めました。

いつも感じるばく然とした不安をなくしたい。

自分をダメだと思うのをやめたい。 もっと自信を持ちたい。

内気な性格を変えたい。

私のこれらの悩みの根っこは、やはり子ども時代の父との関係にありました。

私は父に対するさまざまな気持ちを、ずっと抑え込んでいたのでした。

カウンセリングでは、幼い頃に父親に対して感じていた怖れや憎しみが溢れるように、出てきました。

母親を助けられないという罪悪感と深い悲しみも心の奥から出てきました。

幼い頃の体験が、トラウマ(心の傷)となっていたのです。

何度もカウンセリングを受けました。

その度に怒りや悲しみ、怖れを吐き出しました。

自分に対する歪められたイメージも変えていきました。

「私はここにいるだけで価値がある存在だ」

一歩、一歩、私は進んでいき、自信を回復していきました。

そしてある時、ふと思えたのです。

「もう父を許そう」と。

同時に、「自分はダメだ」と責めず、自分も許そうと思えたのです。

あんなに憎み、嫌いだと思っていた父を、私は自然と許せるようになったのです。

そしてそのままの自分を好きになり、自信が持てるようになりました。

私がカウンセリングと出会い、手にしたもの。

それは「父と自分への許し」でした。

 

妻もカウンセリングで「うつ」から救われた!

 

じつは、私のカミさんが、「うつ状態」になったことがあるんです。
 
それは、私がカウンセリングの勉強を始めた頃のことです。
 
当時、結婚してまだ間もない時でした。
 
私とカミさんは、福岡市内の賃貸のアパートに住んでいました。
 
私のカミさんが、どんな人かって言うと、元気で、明るく、笑顔が絶えない性格の人。
 
福岡の地元の人にしかわからないだろうけど、高山質店のマスコットキャラクターの“カイトリくん”に、とっても似ています。
 
そんな明るく、愛きょうのあるカミさんなんだけど“ ある変化”が、カミさんに起きたんです。
 
カミさんは、ある会社で事務の仕事をしていました。
 
私も当時はサラリーマンでした。
 
勤め先が近かったので、2人で車で通勤していました。
そんな穏やかな2人の暮らしに、“ある変化”が起こりました。
 
カミさんが、いつの頃からか、朝、なかなか起きれなくなったのです。
 
最初は、それでもなんとか、ガンバって起きて、一緒に会社に行っていました。
 
でも、カミさんは、なかなかベッドから起きれなくなってしまったのです。
 
仕事も休みがちになってしまいました。
 
カミさんの顔から、いつの間にか明るい笑顔が消えていきました。
 
身体の変調じやなく、精神的な問題だっていうことは、何となく気づいていました。
 
こんな状態でも、カミさんは、「なんとか仕事に行かなきゃ」と、思っていたのです。
 
ツライ朝が来る。
 
がんばって、カミさんは仕事に行こうと、玄関を出るんだけど、もうそれ以上、足が前に進みません。
 
それでも、なんとかカミさんをベッドから起こして、車に乗せて、カミさんの勤める会社まで連れていっ たこともありました。
 
けれども、カミさんは車から降りることができず、ただ、ただ、うつむいたまま、震えて、涙を流すだけ。
 
あきらめて、家に戻りました。
 
カミさんは、アパートで身体を横にして、仕事に行けない自分が情けなくて、ずっと泣いていたと後から聞きました。
 
当時の私は、まだカウンセリングの勉強を始めたばかりで、知識もなかった。
 
しかし、カミさんの状態を見て、「うつ」かもしれないと、思いました。
 
私は、カミさんに気を使わせてはいけないって思って、何とか平静を保っていました。
 
でも、正直言うと、私自身、不安で、どうにかなりそうでした。
 
仕事に行けなくなったカミさんは、私が会社に行った後、じっとアパートの部屋の中で過ごすようになりました。
 
今のカミさんに、当時のことを思い出してもらいました。
 
「あたしなんか生きてちゃいけない!」
 
「生きてても、要さん(私のこと)に迷惑かけるだけだ」
 
「どうやったら、要さんや、周りの人に迷惑をかけずに死ねるんだろう」
 
こんなツライことばかり、あの時は、考えていたそうです。
 
ある朝、そんなカミさんの青白い、生気のない顔を見て、私は、「このままじゃ大変なことになってしまう」と思いました。
 
「このまま死んでしまうんじゃないか・・・」
 
そんな気がしたのです。
 
いても立てもいられなくなって、私はカウンセリングを学んでいた女性のカウンセラーの先生に電話をしました。
 
「先生、何とか急ぎで妻のカウンセリングをお願いできませんか?」
 
ムリを言ってお願いして、何とかその日、カウンセリングをしてもらえるようになりました。
 
それぐらい僕も、せっぱつまっていました。
 
焦る気持ちを抑えながら、カウンセリングルームまでカミさんを車で連れて行きました。
 
カミさんが、カウンセリングルームの扉の中に入っていきました。
 
「どうか、もとの元気なカミさんに戻って欲しい」
 
祈る気持ちで、私は扉の外で待っていました。
 
カウンセリングが始まって、1時間以上経ったと思います。
 
カウンセラーの先生がルームの扉を開けて、私に呼びかけました。
 
「ご主人、ちょっと部屋に入ってきてください」
 
部屋に入ると、カミさんが、イスに座っていました。
 
顔を見ると、目にいっぱい涙をためていました。
 
カウンセラーの先生に案内され、僕はカミさんの正面のイスに座りました。
 
カウンセラーの先生が、カミさんに尋ねました。
 
「ねえ、生きているだけで価値があるか、ご主人に聞いてごらん」
 
カミさんは、その言葉を僕に言おうとしました。
 
だけど、言葉がのどの奥につかえて、なかなか出てきません。
 
それでも、何とか、言葉をしぼり出そうとしていました。
 
消えそうな、かすかな声が、途切れ、途切れだけど、聞こえてきました。
 
「私は・・・生きているだけで・・・価値が、ありますか?」
 
私は、その言葉を、しっかりと受けとめました。
 
それからカミさんの目をまっすぐに見ました。
 
「僕の魂からの想いを、言葉にこめて届けたい」
 
祈るような気持ちで、心を振り絞って、言葉を発しました。
 
「生きているだけでいい!生きているだけで価値がある!」
 
言い終えた時、熱い涙があふれて来て、私の頰をつたいました。
 
この場面のことは、今でもはっきりと覚えています。
 
「カミさんが、ただ、ただ、生きていてくれたらいい。それだけでいい」
 
この時、私の心の中には、この想い以外に何にもありませんでした。
 
「人は誰でも、生きているだけで素晴らしい価値を持っている!」
 
この大切なことを、私はこの瞬間に魂で感じました。
 
後になって、カミさんにカウンセリングのことを聞きました。
 
この日、カミさんが受けたのは、「死なない気持ちを無くすカウンセリング」でした。
 
カミさんは、お医者さんには行かなかったんだけど、あきらかに「うつ状態」だった。
 
うつ状態の代表的な症状である、「死んでしまいたい」という気持ちを感じていたのです。
 
「うつ状態」のカウンセリングでは、何よりも優先して「死にたい気持ちを無くすカウンセリング」を行います。
 
おどろいたことに、なんと、カミさんは、このカウンセリングを受けてから、「死にたい気持ち」を感じなくなったのです。
 
今のカミさんに聞いても、あれから、何かとってもツライ出来事に会っても、「死にたい」と思わなくなったそうです。
 
「死にたい気持ちを無くすカウンセリング」を受けた後も、カミさんは、うつ状態の克服のため、何回かカウンセリングを受けました。
 
これは、「うつ状態」の背景となっているツライ性格を改善していくカウンセリングだったんです。
 
カウンセリングを受ける度に、だんだんカミさんの顔はイキイキとし、元気を取り戻していきました。
 
私の心にも、だんだん安心が増えていきました。
 
カミさんは、5、6回のカウンセリングを受けて、カウンセリングを卒業しました。
 
そして、最初にカウンセリングを受けてから半年ほどで、カミさんは普通の生活が送れるようになりました。
 
仕事にも行けるようになりました。
 
私は、心の底からホッとしました。
 
あの時、カミさんがカウンセリングを受けていなかったら、果たしてどうなっていただろう?
 
カウンセリングが、私たち夫婦の危機を救ってくれたのです。
 
カミさんが、元気を取り戻し、普通の生活を送れるようになった時に気づいたことがありました。
 
カミさんは、「うつ状態」になる前よりも元気になったのです。

 

ちなみに、この絵は、私がパステルで書いたカミさんの似顔絵です。

 
今は、こんなに元気になったんです!
 
こうして、「うつ状態」から回復したカミさんは、前よりもっと元気になりました。
 
そう、なんか自然体になりました。
 
私や周りの人に気を使うことが、少なくなりました。
 
気持ちをガマンすることがなくなり、自分の自然な気持ちを言葉にして表すようになったんです。
 
今のカミさんは、心から楽しそうにしています。
 
「カミさんは、カウンセリングを通して成長したんだなぁ」
 
私は、そう、しみじみと感じました。
 
今、「うつ病」で苦しんでいるあなた。
 
あなたも、その苦しみを必ず克服できますよ。
 
そして、きっとその苦しみを乗り越えた時、心の底から楽しく笑うことができますよ。
 
私は今のカミさんの姿を見て、確信を持ってそう言えます。
 
希望の光は、いつもあなたの中にあるのです。

カウンセラーとしての夢

 

自分の悩みを解決していくうちに、私の中である想いが湧いてきました。

世の中には、私と同じように親との関係で心に傷を負い、大人になった今も苦しんでいる人たちがたくさんいる。

その人たちが悩みから解放されるためのお手伝いができないだろうか?

この想いはだんだんと大きくなってきました。

私はカウンセラーとなることを決意しました。

これが私のカウンセラーとしての出発点となりました。

今では、子ども時代の親子関係のトラウマに悩む人、アダルトチルドレン、毒親の元で育った方のカウンセリングをさせていただくようになりました。

人はなりたい自分に変わっていける。

自分の運命を変えて、幸せな人生を手にすることができる。

この大切なことを、私はカウンセリングを通してたくさんの人たちに伝えていきたいと願っています。

ひとりの人が笑顔に変われば、その周りにいる家族や友人、職場の人たちも笑顔になっていきます。

「木の葉が水に落ち、波紋が広がっていくように、笑顔の輪が広がっていけばいいな」

「この社会が少しでも安心できる、平和な場所になればいいな」

これが私の夢です。

その夢に向かって、これからも私は、あなたが希望を叶えるお手伝いを全力でさせていただきます。

 

その他の私のこと

 

佐賀県唐津市の『FMからつ』で、心理カウンセラーとしてラジオのパーソナリティをしていたこともあります。

 

「みんなの健康」という番組で、心の健康についてのお話しをさせていただいていました。

 

 


福岡県(福岡市 糸島市 北九州市)、佐賀県(佐賀市 唐津市  伊万里市 有田町)、長崎県(佐世保市 大村市)、熊本県(熊本市)からもお越しいただいています。

アダルトチルドレン、毒親、トラウマ、共依存、、機能不全家族、インナーチャイルド、自己嫌悪、劣等感、自己肯定感、虐待、うつ病、摂食障害、パニック障害、対人恐怖症、依存症などのカウンセリングを行っています。

 

 

アダルトチルドレン・共依存・機能不全家族・トラウマ・フラッシュバック・ノイローゼ・

 

うつ病・摂食障害・DV・生きづらい・罪悪感

 

相談・死にたい・不登校・引きこもり・不安障害・

 

毒親・過干渉・対処・ヘリコプターペアレント・モラハラ・恋愛できない・グーミン・